熊川宿: 孝子与七の碑

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概要・歴史・観光・見所
孝子与七の碑(熊川宿)概要: 孝子与七の碑は熊川宿のやや端の方に建立されています。案内板によると「 享保6年(1721年)にこの地に住んでいた与七とその妻は、自分たちは貧しいものを食べても父母には、御馳走を食べさせ孝行のかぎりを尽くした。時の小浜藩主は、与七の行いを聞き、米数俵を与えてその志をほめた。このことは「若狭領民伝」にも記載されている。」とあります。「若狭領民伝」とは江戸時代末期の安永9年(1862)に小浜藩が発刊したもので領内で善行を行った60余人の領民の逸話を全4巻に纏められています。若狭領民伝を通して、領民に善行とは何かという事を知ってもらう事が目的で、善行を行う領民が増えれば領内が豊かになるという思想があったと思われます。時代は異なりますが、江戸時代前期には小浜藩の藩主が小浜城(福井県小浜市)の築城の為、重い増税を行い、それに異を唱えた松木庄左衛門(熊川宿松木神社に御霊が祭られています。)が日笠川原で磔の刑で28歳という短い人生を絶ちながら税を引き下げさせた事は善行だったのではないかとつくづく思います。

孝子与七の碑:写真

孝子与七の碑
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