若狭姫神社

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創建年養老5年(721)
祭  神若狭姫大神(豊玉姫命)
格  式式内社(名神大)・若狭国一宮・旧国幣中社・別表神社
文化財 本殿(享和2年、三間社流造、桧皮葺、素木造、正面1間向拝付、福井県指定有形文化財)
随神門(寛保3年、入母屋、桧皮葺、三間一戸、八脚単層門、福井県指定有形文化財)
神門(中門:享和3年、切妻、桧皮葺、一間一戸、四脚門、福井県指定有形文化財)
社叢(イノデ、タブ、ヤブコウジ、スジダイなどの群生、ベニシダ、フモトシダなど、福井県指定天然記念物)
オガタマノキ(樹高18.5m、幹周2.08m、枝張東西11m、南北11.2m、小浜市指定天然記念物)
神  事例祭:3月10日
場  所福井県小浜市遠敷
備  考若狭姫神社は元正天皇養老5年(721)2月10日に若狭彦神社から分祀(遠敷明神)を得て創建し、当社を下社(下宮)、若狭彦神社を上社(上宮)としました。貞観元年(859)正月27日に従二位、天慶3年(940)正月6日に従一位、永保元年(1081)2月10日正一位に列し、平安時代中期に成立した延喜式神名帳に名神大社として記載され若狭国二宮として格付けされました。室町時代になると交通の要衝で、市場なども開かれ周辺地域の経済の中心となっていた遠敷に鎮座する若狭姫神社が二宮だったもの信仰の中心となり、境内の広さなどにも差がつくようになっています。江戸時代に入ると歴代小浜藩(藩庁:小浜城)主から崇敬庇護され社領が安堵されています。古くから神仏習合し別当寺院として神宮寺が祭祀を司ってきましたが、明治時代に入り神仏分離令と廃仏毀釈運動により、神宮寺とは離れ明治4年(1871)7月に国幣中社に列しています。現在は上社、下社両方で若狭一宮、若狭彦神社となっています。
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