越前町: 玉川洞窟観音

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概要・歴史・観光・見所
玉川洞窟観音(越前町)概要: 玉川洞窟観音は伝承によると、仲哀天皇(第14代天皇・在位:192年〜200年)が海上からこの地を訪れた際、暴風により海が荒れ転覆しそうになりました。その時、海中から観世音菩薩が龍に乗り現れると海を鎮め天皇の命が救われました。天皇は観世音菩薩に感謝し、この地にあった祠に御姿を模した尊像を祀ったと伝えられています。又、仲哀天皇の皇子である忍熊王がこの地の賊徒を征伐の際、思わぬ苦戦を強いられ、この洞窟に身を隠したところ、賊徒が近づくと楯岩が入り口をふさぎ見つかるのを防いだとも云われています。元々は日本海の荒波によって海食された洞窟内部に祭られていましたが、平成元年(1988)7月16日に発生した国道305号線の崩落事故により洞窟も大きな被害を受けた為、平成6年(1994)にコンクリート造のトンネル風の現在地に御堂と本尊を遷しています。

※仲哀天皇の父親は神話上の英雄とされる日本武尊で、妃も伝説上の人物とも言われる神功皇后、さらに日本武尊が死没後36年後に仲哀天皇が生まれた事になっている事などから仲哀天皇架空説があります。忍熊王は哀天皇が崩御し、神功皇后は筑紫で誉田別尊(後の応神天皇)を出産すると後継者争いとなり逢坂(現在の滋賀県大津市の逢坂)での戦いで敗れ瀬田川に投身したとされます。本尊:十一面観音菩薩。

玉川洞窟観音:写真

玉川洞窟観音大鳥居と石造玉垣
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玉川洞窟観音石鳥居と石造寺号標 玉川洞窟観音境内全景 玉川洞窟観音トンネル正面右斜め前方 玉川洞窟観音トンネル内部


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