高浜町: 佐伎治神社

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概要・歴史・観光・見所
佐伎治神社(高浜町)概要: 佐伎治神社は福井県大飯郡高浜町宮崎字宮内に鎮座している神社です。佐伎治神社の創建は不詳ですが磐鹿六雁命(景行天皇皇子)が若狭国を治めた時にはすでに鎮座していたと伝わる古社で、若狭國神階帳によると碎導明神として従三位に列し、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている式内社大飯郡小7座のうちの1社とされます。佐伎治神社は当初、薗部村に鎮座、中世以降は神仏習合し別当として龍蔵院が祭祀を取り仕切ってきました。その後、高濱村八穴山の牛頭天王社(現在の境内社廣峯神社)の傍に遷座し、天正年間(1573〜1592年)に若狭守護職武田家の家臣逸見昌経が高浜城を築城した際に現在地に遷座しています。その後に領主(高浜城主)となった木下利房は社殿、堀尾茂介吉晴は鐘楼の造営を行う一方で、中世に摂関家二条家から立石荘七町七反が寄進された社領が太閤検地により失われています。

佐伎治神社は歴代小浜藩(藩庁:小浜城)の藩主酒井家からも崇敬庇護され正保3年(1646)には酒井忠勝、安永6年(1777)には酒井忠治が社殿を造営した事を記した棟札が残されています。江戸時代には碎導宮や碎導明神などと呼ばれていましたが天保4年(1833)に旧社号である佐伎治社に改め、明治時代初頭に発令された神仏分離令により神社として独立し明治8年(1875)に県社に列し明治41年(1908)に神饌幣帛料供進社に指定されています。

佐伎治神社の社宝である和鐘は平安時代末期から鎌倉時代初期に鋳造されたものと推定される若狭地方では最古の梵鐘で、総高92.8cm、口径51.5cm、伝承によると延元元年(1336)に浜辺に打ち上げられたものを住民が発見し当社に奉納したとされ、昭和31年(1956)に福井県指定文化財に指定されています。佐伎治神社の式年大祭で巳年と亥年の7年毎に行われる「高浜七年祭」は古式を伝える行事として貴重な事から平成14年(2002)に福井県無形民俗文化財に指定されています。境内は神域だった事から古木大木が多く、中でもカシ(樹高32.45m、幹周3.31m)とモミノキ(樹高36m、幹周3.7m)は貴重な事から昭和54年(1979)に高浜町指定天然記念物に指定されています。佐伎治神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行3間、正面1間唐破風向拝付き。本殿は一間社流造、銅板葺き。祭神:素盞嗚尊、稻田姫命、大己貴命。

佐伎治神社:写真

佐伎治神社境内正面に設けられた大鳥居と石造社号標
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佐伎治神社参道越に見える二之鳥居と玉垣と石垣 佐伎治神社参道石段から見上げた拝殿と石燈篭 佐伎治神社本殿と拝殿と玉垣 佐伎治神社梵鐘が収蔵されている土蔵造りの宝庫
佐伎治神社の境内社である日吉神社と砲弾と御船舎 佐伎治神社境内に生えるカシの大木 佐伎治神社境内に建立されてる能舞台(神楽殿) 佐伎治神社境内に設けられた手水鉢と龍と亀


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