酒井忠勝:縁の社寺

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神社・寺院:一覧

名 称
場 所
内   容
小浜城・福井県
小浜市
・小浜城は京極高次から築城が開始されましたが完成に至る前の寛永11年(1634)に京極忠高が松江藩(島根県松江市)に移封になった為、新たに小浜藩の藩主になった酒井忠勝が工事を引き継いぎ竣工しています。
空印寺・福井県
・小浜市
・空印寺は慶長14年(1609)に京極忠高が父親である高次の位牌寺として創建した寺院で泰雲寺と号していましたが、酒井忠勝は酒井家の菩提寺と定め、その後、忠勝の戒名「空印寺殿傑伝長英大居士」から寺号を空印寺に改めています。
小浜神社・福井県
・小浜市
・明治8年(1875)、旧小浜藩の藩士が小浜城の荒廃を憂い、藩祖である酒井忠勝の御霊を祭る祭祀施設を小浜城の本丸に創建しました。
多田密寺・福井県
・小浜市
・酒井忠勝は日光東照宮(栃木県日光市)の社殿を模したとされる祭壇(厨子)を多田密寺に寄進しています。
明通寺・福井県
・小浜市
・明通寺が所有する「紙本著色彦火火出見尊絵巻」は酒井忠勝が狩野種泰に命じて原本を模写したもので、原本は忠勝が3代将軍徳川家光に献上し現存していません。内容は彦火火出見尊(若狭彦神社祭神)と海神の女豊玉姫(若狭姫神社祭神)との婚姻説話を描いた絵巻物で、現存する神話を主題とした絵巻としては唯一のものとして貴重な事から福井県指定文化財に指定されています。
八幡神社・福井県
・小浜市
・八幡神社は奈良時代の神護景雲4年(770)には既に存在していたと推定される古社で歴代領主から篤く崇敬され忠勝も正保元年(1644)に拝殿を造営しています。
熊川宿・福井県
・若狭町
若狭街道の宿場町である熊川宿周辺の村々は京極高次が身の丈に合わない小浜城を築城を計画した事で増税が課せられ大変苦しんでいました。酒井忠勝が入封し小浜城が完成したにも関わらず増税が継続していた事から新道村の庄屋である松木庄左衛門が忠勝に村の現状を訴えると聞き届けられたものの庄左衛門は処刑されました(庄左衛門の御霊は松木神社に祭られています)。又、熊川宿に設けられた熊川番所は忠勝によって設けられたと伝わり、熊川宿の鎮守である白石神社には忠勝の御霊が祭られています。
須部神社・福井県
・若狭町
・正保2年(1645)、酒井忠勝が木造朱塗の稲荷鳥居を須部神社に寄進しています。須部神社稲荷鳥居は江戸時代初期の大型鳥居として貴重な事から若狭町指定文化財に指定されています。
闇見神社・福井県
・若狭町
・正保2年(1645)、酒井忠勝が闇見神社に鳥居を奉献しています。鳥居は大型の石造鳥居で中央には格式が感じられる社号額が掲げられています。
佐伎治神社・福井県
高浜町
・正保3年(1646)に酒井忠勝が本殿を修復し拝殿を造営した事を記した棟札が残されています。
弥美神社・福井県
美浜町
・酒井忠勝が小浜藩主になると国吉城を廃城、一方、当地方の産土神である弥美神社の社殿を改修しています。
意足寺・福井県
・おおい町
・万治3年(1660)に小浜市太良荘長英寺から現在地に境内を移し古刹である万願寺を再興し寺号を意足寺に改めています。
八幡神社・福井県
・敦賀市
・正保元年(1644)に酒井忠勝が八幡神社に神輿を寄進しています。
氣比神宮・福井県
・敦賀市
・正保2年(1645)に酒井忠勝が旧社領だった佐渡島からムロの大木を取り寄せ大鳥居を寄進しています。木造鳥居としては日本三大鳥居に数えられ国指定重要文化財に指定されています。
常宮神社・福井県
・敦賀市
・常宮神社の拝所は寛永14年(1637)に忠勝が氣比神宮の中門として寄進し昭和18年(1943)に常宮神社の拝所として移築されたものとされます(学術的には江戸末期の様式)。
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※ 「泰澄大師:縁の社寺」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。