小浜城

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概要・歴史・観光・見所
小浜城(雲浜城)概要: 小浜城は慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで大津城(滋賀県大津市)攻防戦で、戦功があった京極高次が小浜に移封となり築城した城です。京極高次は周辺が西軍に囲まれている中、9月3日から9月14日にかけて大津城に立て籠もり、西軍の主力の1人立花宗茂を抑え込む功績を挙げましたが、高次自身は結果的に大津城が落城した事を受け園城寺(三井寺)で出家して高野山に蟄居しました。その後、徳川家から思わぬ加増を受け若狭一国8万5千石の小浜藩の藩主として返り咲き、当初は歴代領主が居城とした後瀬山城に入ったものの、後瀬山城は山城だった為に行政を行うには余りにも不向きで新たな領土経営を運営する上で、小浜城の築城に踏み切りました。寛永11年(1634)に2代忠高が松江藩に移封になった為、小浜城の築城は新たに小浜藩主となった酒井忠勝にゆだねられ、寛永19年(1641)に一応の完成を得ます。以後、明治維新まで酒井家の居城となりますが廃藩置県後は廃城となり、政府の大阪鎮台第一分営を建設中に出火して大部分の建物が焼失し、河川の拡張や護岸整備、宅地開発などで本丸周辺の石垣以外は失われています。

小浜城は日本海を背にして北川と南川に囲まれた水城で、規模は比較的小さかったものの、石垣を多用し巧みに堀を配した近代城郭が築かれました。小浜城は本丸を中心に周囲に二の丸、三の丸、北の丸、西の丸を設け、本丸西南隅には3重3階の天守閣をはじめ、蛛手櫓、東櫓、毘沙門櫓、巴櫓、翳櫓、乾櫓、西櫓、御殿などがあり、二の丸には月見櫓、川櫓、試櫓、小櫓、御殿などがあり、三の丸には太鼓櫓、五方櫓、多田見櫓、三ツ目櫓、菱櫓などがあり、北の丸には人見櫓、常盤櫓、勝見櫓、埋門櫓などがあり、西の丸には浪洗櫓、中櫓、遠見所、船見櫓などあり城域南北130間、東西157間の内部には合計天守郭1基、多門櫓5基、櫓25基を数えました。小浜城は近世城郭を築かれた平城で、石垣などの遺構など明瞭に残っている事から昭和31年(1956)に福井県指定史跡に指定されています。又、本丸跡地には小浜藩初代藩主酒井忠勝を祭る小浜神社が鎮座しています。

小浜城(天守台・石垣):写真

小浜城
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