京極高次:縁の社寺

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名 称
場 所
内   容
小浜城・福井県
小浜市
・小浜城は京極高次が小浜藩に入封した際、後瀬山城を本城としたものの、手狭で山城だった事から行政が円滑に行われ藩主や家臣達が生活の利便性を考慮し計画されました。完成に至る前の寛永11年(1634)に京極忠高が松江藩(島根県松江市)に移封になった為、新たに藩主になった酒井忠勝が工事を引き継いぎ竣工しています。
小浜西組・福井県
・小浜市
・京極忠高が小浜城を築城した際、城下町も町割りされています。当初の町人町は東組と西組に分かれていましたが、寺町や遊郭、丹後街道を引き込んだ事で人口が増加し、それに伴い町屋も増え為、貞享元年(1684)に東組、中組、西組に町割りされました。現在でも優れた町並みが残されています。
栖雲寺・福井県
・小浜市
・京極高次が入封した際、中世の若狭国守護職だった武田家縁の寺院として寺領が安堵されています。
宇波西神社・若狭町・慶長14年(1609)に大橋を寄進しています。
熊川宿・福井県
・若狭町
・ 慶長6年(1601)に若狭街道の宿場町である熊川宿に対して「従高嶋在々熊川へ入馬之事」を発布し藩の出先機関である熊川陣屋が設置しました。
常高寺・福井県
・小浜市
・元々は京極高次の菩提寺として正室である常高院が槐堂周虎禅師を招いて創建した寺院で、常高院が死去すると京極忠高(小浜藩2代藩主)によって常高院の菩提寺として整備されました。
・高浜城高浜町・領内の要衝である高浜城には家臣である佐々義勝を配しています。
・粟柄関所・福井県
美浜町
・美浜町は軍事的な要衝だった為、東西約23m、南北約13mの関所を設け周囲には高さ約1.2mの土塁で囲みました。
空印寺・福井県
・小浜市
・当初は京極高次の位牌寺として京極忠高が創建した寺院で高次の 戒名である「泰雲寺殿前三品相公徹宗道閑大居士」に因み泰雲寺と号していました。
萬徳寺・小浜市・慶長7年(1602)に京極忠高が再興しています。
高成寺・福井県
・小浜市
・高次の次男(養子)である京極高政が死去すると高成寺の境内に埋葬され墓碑が建立されています。
長源寺・小浜市・長源寺に対し禁制を発布し保護しています。
若狭彦神社・小浜市・一宮領として社領11石を寄進しています。
・日枝神社・福井県
・小浜市
・慶長17年(1612)、鋳物師金屋九郎左衛門が鋳造した梵鐘(小浜市指定文化財)を寄進しています。
・廣嶺神社・小浜市・社領10石を寄進しています。
八幡神社・小浜市・後瀬山の北麓から現在地に遷座しています。
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※ 「泰澄大師:縁の社寺」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。※プライバシーポリシーはこちらです。