発心寺(小浜市)概要: 発心寺は福井県小浜市伏原に境内を構えている曹洞宗の寺院です。霊松山発心寺の創建は大永元年(1521)、若狭国守護職武田元光(武田元信の次男)が後瀬山城の山麓に中巌宗恕(臥竜院七世の弟子)を招いて開山したのが始まりと伝えられています。元光は享禄3年(1530)に出家し発心寺に隠居、大膳太夫入道宗勝と称するようになりましたが、事実上は実権を握り「別所殿様」と言われています。天文20年(1551)8月17日に元光死去、享年86歳、戒名「発心寺殿天源宗勝大居士」、菩提は当寺の境内背後の山中に葬られています。
発心寺は永禄年間(1558〜1570年)に武田家が没落すると衰退しますが、慶長5年(1600)関が原の戦いで功で小浜藩(藩庁:小浜城)の藩主となった京極家から庇護され特に元和2年(1616)、2代藩主京極忠高が天厳和尚(臥竜院:三方上中郡若狭町三方)を招いて再興し伽藍を再建しています。寛永11年(1634)、忠高が松江藩(島根県松江市)に移封になると新たに藩主になった酒井家から庇護され禅道場として寺運が隆盛しています。
発心寺の寺宝には武田家縁の品々が多く木造武田元光像(室町時代末期頃の作、像高59.0cm)と絹本著色武田元光像(季欽の作、縦74cm、横41.5cm、天文20年:1551年、雪溪の賛)、紙本著色武田元光像(犬追物検見之像:縦84.7cm、横49.3cm、天正2年:1574年、英甫永雄の賛)が平成19年(2007)に福井県指定文化財になっています。境内の山中には元光の墓碑(宝篋印塔:総高1.8m、凝石灰製)が建立され昭和57年(1982)に小浜市指定史跡に指定されています。宗派:曹洞宗。本尊:十一面観音。
発心寺の文化財
・ 木造武田元光像−室町時代末期−像高59.0p−福井県指定文化財
・ 絹本著色武田元光像−天文20年−福井県指定文化財
・ 紙本著色武田元光像−天正2年−福井県指定文化財
・ 武田元光墓塔(宝篋印塔)−天文20年−小浜市指定史跡
発心寺:上空画像
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-福井県教育委員会
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