福井県・結城秀康:縁の社寺

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神社・寺院:一覧

名 称
場 所
内   容
運正寺・福井県
・福井市
・運正寺は慶長12年(1607)、結城秀康の菩提を弔う為に満誉上人を招き創建された浄土宗の寺院です。秀康の元々の菩提寺は結城家縁の孝顕寺でしたが、本家である徳川家から不興を買い改めて運正寺を菩提寺とし遺骸が改葬されています。その後も浄土宗を信仰した福井藩主の菩提寺として藩から篤く庇護されています。
・孝顕寺・福井県
・福井市
・孝顕寺は永正12年(1515)に結城家の旧領である茨城県に菩提寺として創建された曹洞宗の寺院で、慶長6年(1601)に秀康が越前国に移封になるとその翌年に当地でも創建されました。慶長12年(1607)に秀康が死去すると一旦孝顕寺に葬られ戒名「孝顕院殿三品黄門吹毛月珊大居士」が与えられましたが、この話を聞き及んだ徳川家康が烈火の如く怒った為、菩提は運正寺に改葬されました。
神明社・福井県
・鯖江市
・結城秀康の娘が大病患うと水落神明社で平癒の祈願が行われ、見事念願成就すると社殿の造営と神官瓜生家の屋敷を寄進、社領50石を寄進しています。
妙泰寺・南越前町・結城秀康が越後国に入封すると祈願所となり武運長久が祈願されています。
・神明神社・福井県
・福井市
・結城秀康が北ノ庄城(後の福井城)を拡張修復を行った際、門前町だった神明町が城の北側に移転となり慶長8年(1603)には社領20石が寄進しています。
西福寺・福井県
・敦賀市
・結城秀康の子供である呑栄上人が西福寺の第二十一世に就任した為に篤い庇護を受け書院を再建され「越の秀嶺」と呼ばれるようになっています。
火産霊神社・福井県
・福井市
・火産霊神社は結城秀康が入封した際、日頃から崇敬していた遠州秋葉神社(静岡県浜松市天竜区春野町)から分霊を勧請し創建された神社です。
宝慶寺・大野市・結城秀康が越前国に入封した際、宝慶寺二十二世晃龍和尚の嘆願で寺領100石安堵に加え寺領50石を寄進しています。
心月寺・福井県
・福井市
・心月寺は慶長8年(1603)に結城秀康の命により北ノ庄城(後の福井城)の城下町に遷されています。元々越前国守護職の朝倉家の菩提寺として格式が高かったせいか秀康は寺地の諸役を免じ、禁制を与え保護しています。
大瀧神社・福井県
・越前市
・結城秀康は越前国の主要産業だった越前和紙の保護を行い、中世から和紙生産に携わった有力者には黒印状を発布し御紙屋制度を施行しています。その内の一人である三田村家は大瀧神社の別当寺院である大瀧寺の別当職も担っていた事から秀康も大瀧神社に対して保護しています。
大塩八幡宮・越前市・慶長8年(1603)、結城秀康が社領30石を寄進しています。
常宮神社・福井県
・敦賀市
・慶長7年(1602)に結城秀康が常宮神社本殿を再建し、慶長8年(1603)には社領が寄進されています。
氣比神宮・福井県
・敦賀市
・慶長8年(1603)に結城秀康によって社領百石が寄進、慶長9年(1604)には社殿が造営され再興に尽力しています。
劔神社・福井県
・越前町
・慶長8年(1603)、結城秀康は劔神社の鎮座地である織田村から社領30石分を寄進しています。
・黒龍神社・福井県
・福井市
・慶長8年(1603)、黒龍神社の霊験を聞き及んだ結城秀康は祈願所とし社地として櫻井山(黒龍山)を寄進し社殿を造営したとされます。
平泉寺白山神社・福井県
・勝山市
・慶長6年(1601)結城秀康が平泉寺白山神社の御供田として鎮座地である平泉寺村から200石を寄進しています。
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※ 「結城秀康:縁の社寺」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。