越前市: 大塩八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
大塩八幡宮(越前市)概要: 大塩八幡宮の創建は仁和3年(887)、中納言紀友仲が無実の罪で越前国府に流罪となった際、石清水八幡神(京都府八幡市)に祈願したところ、寛平元年(889)に見事念願成就し無罪が晴らすことが出来ました。中納言は神意に感謝し寛平3年(891)、この地に石清水八幡神の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。以来、郡内二宮として広く信仰を集め、歴代領主や為政者からも崇敬されました。寿永2年(1183)、倶利伽羅峠の戦いで勝利した木曽義仲はその後も勝利を重ね、北国街道を西上し大塩八幡宮の境内に本陣を構え戦勝祈願したと伝えられています(その際、兵火によって社殿が焼失した為、日吉山王社の拝殿を移築したそうです)。南北朝時代の建武年間(1334〜1338年)には斯波高経により社殿の造営が行われ、その後に越後守護職の朝倉氏(本拠:一乗谷)からも崇敬庇護され、明応4年(1495)には朝倉貞景が一の鳥居を、永正10年(1513)には朝倉孝景が荒垣門を、天文21年(1552)には朝倉義景が二の鳥居を寄進し社運も隆盛しています。天正年間(1573〜1592年)の一向一揆の兵火で大塩八幡宮は一時衰退した時期もありましたが、江戸時代に入ると歴代福井藩(藩庁:福井城)の藩主が庇護し、慶長8年(1603)には結城秀康が社領30石が安堵し、家老で府中領主である本多富正は武運長久を祈願して鞍(福井県指定文化財)や梵鐘(越前市指定文化財)、絵馬殿(現在の建物は昭和57年:1982年の再建)を奉納し、元和9年(1623)には松平忠直が社領20石を加増しています。大塩八幡宮は古くから神仏習合していましたが明治時代の神仏分離令により仏式が排され、明治4年(1867)に郷社、明治7年(1870)に県社に列しています(境内には梵鐘や神社山門が残されるなど神仏習合時代の名残が見られます)。大塩八幡宮の境内社には延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載された式内社の論社である高岡神社、天八百萬比盗_社、天国津彦天国津比盗_社が鎮座しています。祭神:帯中日子天皇、応神天皇、神功皇后。

現在の大塩八幡宮拝殿は室町時代末期に建てられたと推定される長床式の建物で、入母屋、こけら葺、平入、桁行7間(15.76m)、梁間4間(8.88m)、5間×2間の身舎に1間の庇、外壁は柱のみの吹き放し、大型で組物など当時の様式を伝えるものとして昭和53年(1978)に国指定重要文化財に指定されています。

大塩八幡宮の文化財
・ 大塩八幡宮拝殿−室町時代末期−国指定重要文化財
・ 算額(鶴亀松竹)−元禄14年−福井県指定有形民俗文化財
・ 伝本多富正奉納鞍−江戸時代−福井県指定有形文化財
・ 梵鐘−仁安2年− 越前市指定文化財(工芸)
・ 木造櫛磐窓命坐像−寛政元年− 越前市指定文化財(彫刻)
・ 木造豊磐窓命坐像−寛政元年− 越前市指定文化財(彫刻)
・ 大塩八幡宮奉納絵馬(10面)−江戸時代−越前市有形民俗文化財

大塩八幡宮:写真

大塩八幡宮
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