越前市: 総社大神宮

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概要・歴史・観光・見所
総社大神宮(越前市)概要: 総社大神宮は福井県越前市京町1丁目に鎮座している神社です。総社大神宮の創建は天平11年(739)、聖武天皇の勅願で国府が置かれている地に総社を建立し大己貴命の分霊が勧請されました。越前国一宮は敦賀に鎮座する氣比神宮ですが、府中には越前国府が設置された事から国司が祭祀を司る為、越前国内に鎮座する式内社など著名な神社の御霊を集めた総社が国府の近くに必要とされました。総社大神宮の神官は元々大己貴命が祭られていた大神神社(奈良県桜井市三輪)の神官だった太田田根子命の後裔とされる忠麻呂で、当時筑前国糟屋郡に住していた事から糟屋氏を名乗り、後裔も神官を歴任しています。以来、総社大神宮は越前国を代表する神社の1つとして中央にも知られ正応3年(1290)には時宗二祖である他阿真教が、総社大神宮に参拝したことが「一遍上人絵伝」に描かれています。

室町時代から戦国時代にかけては平泉寺白山神社(勝山市)の侵攻などにより一時衰退しましたが越後守護職になった朝倉氏(本拠地:一乗谷)が庇護し、文明4年(1472)には当時の当主朝倉孝景が社領の安堵状を発布し、朝倉氏を滅ぼした織田信長も天正元年(1573)に朱印状を発布しています。天正3年(1575)、新たに府中城に入った前田利家も総社大神宮を庇護し社殿を再建しています。江戸時代に入り、府中藩が立藩すると歴代府中藩主の崇敬社となり30石の社領が安堵されます。明治時代に入り郷社に列し、明治8年(1875)に県社に列し明治41年(1908)に神饌幣帛料供進社に指定されています。

現在の総社大神宮社殿は大正15年(1926)に造営されたもので拝殿は入母屋、銅板葺き、平入、正面千鳥破風、桁行6間、正面1間唐破風向拝付き、本殿は一間社流造、銅板葺き。祭神:大己貴命。配祀:天常立命、國常立命、多岐理比賣命、多岐都比賣命、狹依比賣命、少彦名命、事代主命、猿田彦命、市杵嶋姫命、孝謙天皇、宗像神。合祀:國中官社百二十六座、天照皇大神。

総社大神宮:写真

総社大神宮境内正面に設けられた大鳥居
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総社大神宮参道石畳みと石造狛犬と石鳥居 総社大神宮参道から見た拝殿正面 総社大神宮本堂と幣殿と玉垣(板塀) 総社大神宮境内に設けられた「越前国府」の石碑


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