越前市: 岡太神社

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概要・歴史・観光・見所
岡太神社(越前市)概要: 岡太神社は福井県越前市粟田部町大山に鎮座している神社です。岡太神社の創建は雄略天皇の御代(457〜479年)、男大迹皇子(後の継体天皇)が当地に滞在していた頃、洪水などで土地が荒廃した事を憂い九頭龍川・足羽川・日野川の治水事業を遂行し豊の土地を得る事が出来ました。男大迹皇子は神意への感謝と、当地の守護神として建角身神、大己貴命、国狭槌尊の3柱を勧請し岡太神社を創建したと伝えられています。当初は「玉穂の宮」と称していましたが、養老2年(718)に白山を開山し修験道の高僧として知られる泰澄大師が当社を訪れた際、本地仏を安置し社号を白山三社大権現神社に改めています。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている式内社(論社)として古くから信仰され、歴代領主からも崇敬されました(同じく福井県越前市大滝町に鎮座している大瀧神社・岡太神社も論社とされます)。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一層され明治8年(1875)に県社に列しています。

岡太神社の例祭である「莱祀祭」は継体天皇が樟葉宮で即位されたことを住民達が祝ったのが起源と伝わる神事で、天平勝宝元年(749)頃から天正元年(1573)まで毎年行われ、その後戦乱などで中止が続き天正17年(1589)頃から再開し現在に至っています。往時は1月13日、現在は2月11日に行われ、町内を山車が巡幸、古式伝える大変貴重な神事である事から国選択無形民俗文化財に指定されています。「堂の餅」は継体天皇が、玉穂の宮に遷都した事を祝して堂の餅を供する神事で越前市無形民俗文化財に指定されています。

薄墨桜は男大迹王子と縁があり、文亀2年(1503)に右野盛重が現在地に植え替えたと伝わる古木で、推定樹齢650年余、樹高9m余、幹周4.5m余、昭和45年(1970)に福井県指定天然記念物に指定されています。岡太神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、正面千鳥破風、桁行6間、正面1間軒唐破風向拝付き(銅板葺き)、外壁は真壁造り板張り。神門は一間一戸、向う唐門、銅板葺き。本殿は一間社流造、銅板葺き。祭神:建角身命、国狭槌尊、大己貴命。相殿:継体天皇。

岡太神社:写真

岡太神社門前町から見た大鳥居
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岡太神社参道石畳みから見た拝殿 岡太神社拝殿正面と石燈篭と永代常夜篭と石造狛犬 岡太神社参道石段と石燈篭 岡太神社境内に設けられている神輿殿
岡太神社参道石段から見上げた石鳥居 岡太神社境内に建立されている銅燈篭などの燈篭群 岡太神社参道石畳みから見た中門(神門) 岡太神社本殿と玉垣


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