越前大野城: 柳廼社

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概要・歴史・観光・見所
柳廼社(越前大野城)概要: 柳廼社の創建は明治15年(1882)、柳廼社大野藩7代藩主土井利忠を御霊を勧請したのが始まりとされ社号の由来は利忠の雅号「柳涯」に由来していると云われています。利忠は幕末の名君と呼ばれ、逼迫した藩財政を倹約と、殖産産業の奨励、鉱山の開発、藩直営の大野屋の創設、軍制改革、藩校明倫館・洋学館の開校、蝦夷開拓、藩船の造船などの政策を次々と行い、莫大な赤字が遂には黒字に転じています。利忠は文久2年(1862)に病気の為に隠居し明治元年(1868)に死去しましたがその後も領民や旧藩士達の感謝の意を忘れず柳廼社の創建の気運が高まりました。当初は柳町通りに鎮座していましたが、より縁の深い大野城の麓に明治41年(1908)に遷座し、社務所には利忠の隠居所(木造2階建、切妻、桟瓦葺、平入、式台付玄関)を移築しています。大正5年(1916)に県社、同年に神饌幣帛料供進神社に指定されています。

柳廼社拝殿は入母屋、桟瓦葺、桁行4間、梁間2間、正面1間向拝付、本殿は一間社流造、銅板葺、境内には旧拝殿(入母屋、桟瓦葺、桁行2間)が残されています。現在も大野市の産業、商業の祖として信仰され多くの参拝者が訪れています。祭神:土井利忠。

柳廼社(越前大野城):写真

柳廼社
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