小浜市: 神宮寺

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概要・歴史・観光・見所
神宮寺(小浜市)概要: 神宮寺神宮寺の創建は和銅7年(714)、元正天皇の勅命により沙門滑元(泰澄大師の弟子)が開いたのが始まりと伝えられています。古くから神仏習合し、白石の鵜の瀬から遠敷明神(若狭彦大神、若狭姫大神)を勧請、神願寺と称していました。天皇の勅願寺として朝廷から庇護され延暦17年(798)には桓武天皇の勅願により七堂伽藍と25坊を再建、寛治5年(1083)には白河天皇の勅願で本堂が再建されました。鎌倉時代に入ると代将軍藤原頼経の祈願寺となり延応元年(1239)には寺領の寄進や堂宇の造営が行われ、宝治2年(1248)には若狭国一宮である若狭彦神社の別当寺となり寺号も神宮寺に改称しています。神宮寺は歴代領主からも崇敬され若狭守護職である細川氏や武田氏、越前守護職である朝倉氏から庇護され、堂宇の造営や寺領の安堵など庇護された事で寺運が隆盛し、大きな影響力を持ちました。当時の庇護者である武田元明が明智光秀と懇意だった為、光秀の死後連座し、神宮寺の寺領も豊臣秀吉により没収の憂いにあい以後衰微し、明治時代初頭に発令された神仏分離令により若狭彦神社と分離します。現在の神宮寺本堂は天文22年(1553)朝倉義景が再建したもので単層入母屋、桧皮葺、桁行5間、梁間6間、室間時代後期に建てられた寺院本堂建築の遺構として貴重な存在で大正13年(1924)に国指定重要文化財に指定されています。神宮寺仁王門は鎌倉時代後期に建てられたと推定される建物で、切妻、こけら葺、三間一戸、八脚単層門、両側には阿吽の金剛力士像が安置、当時の寺院山門建築の遺構として大変貴重な事から大正13年(1924)に国指定重要文化財に指定されています。神宮寺の寺宝である木造男神・女神坐像は同じく若狭彦神社の別当寺院だった神願寺の奥の院で祀られていたもので、鎌倉時代末期から室町時代初期に製作、男神坐像の像高49.1cm、女神坐像の像高50.9cm、保存状態が良好で写実的な意匠にも優れている事から昭和16年(1941)に国指定重要文化財に指定されています。又、神宮寺は、昔、遠敷明神が漁に夢中になり東大寺二月堂建立の修二会に遅れた為香水を送る事になった故事から、現在でも毎年3月2日に行われる、奈良東大寺二月堂へのお水送り神事が続けられています。

神宮寺の文化財
 ・ 神宮寺本堂−天文22年−国指定重要文化財
 ・ 神宮寺仁王門−鎌倉時代末期−国指定重要文化財
 ・ 木造男神・女神坐像−室町時代初期−国指定重要文化財
 ・ 椎の木−推定樹齢500年−小浜市指定天然記念物

神宮寺
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