若狭国分寺

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概要・歴史・観光・見所

若狭国分寺(小浜市)概要: 護国山若狭国分寺は福井県小浜市国分に境内を構えている曹洞宗の寺院です。若狭国分寺は天平13年(741)、聖武天皇が国家鎮護の為、全国各国に勅命を発し1箇寺ずつ造営した国分寺の1つとされます。

境内は230m(二町)四方で当時の条里制で計画された区画に沿って正面から南大門(規模不詳)・中門(規模不詳)・金堂(桁行5間、梁間4間)・講堂(桁行4間、梁間2間)が直線上に配置され、東側に塔(桁行3間、梁間3間)と若狭国最大級の円墳(直径約45m)が取り込まれている特異な配置になっています。

発掘調査により各建物は一般的な国分寺よりも小規模で瓦の出土が極端に少ない事から当時の屋根は瓦葺きでは無かった可能性の方が高いと推定されています。若狭国の中心寺院として寺運が隆盛しますが火災などで堂宇が焼失し次第に衰微(10世紀中頃に衰退したと推定されています)、それを憂いた山田一徳が慶長16年(1611)に再興し、金堂跡に釈迦堂を造営しています。

現在の若狭国分寺釈迦堂は宝永年間(1704〜1710年)に再建されたもので入母屋、桟瓦葺(元茅葺)、桁行5間、梁間5間、内陣など中世の密教寺院の形式を継承する建物で小浜市指定文化財に指定されています。寺宝も多く木造薬師如来坐像が国指定重要文化財に指定されている他、数多くの仏像を所蔵しています。

境内一帯は古代若狭国分寺跡として昭和51年(1976)に国指定史跡に指定されています。薬師堂は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、正面1間向拝付き、外壁は大壁造り、塗屋造り、白漆喰仕上げ、内部には中尊である薬師如来座像(国指定重要文化財)と脇侍となる阿弥陀如来坐像と釈迦如来坐像が安置されています。山号:護国山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

若狭国分寺の文化財
・ 木造薬師如来坐像−鎌倉−寄木造、素地、像高79.2p−国指定重要文化財
・ 国分寺釈迦堂−宝永2年−入母屋、桟瓦葺、5×5間−小浜市指定文化財
・ 木造釈迦如来坐像−鎌倉(頭部:江戸)−像高318p−小浜市指定文化財
・ 木造阿弥陀如来坐像−鎌倉時代前期−小浜市指定文化財
・ 木造釈迦如来坐像−鎌倉時代前期−小浜市指定文化財

若狭国分寺:上空画像

【 参考:サイト 】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【 参考:文献等 】
・ 郷土資料事典-ふるさとの文化遺産-福井県-出版元:株式会社人文社
・ 日本史跡大辞典1-出版元:株式会社日本図書センター
・ 発掘が語る日本史3東海・北陸編-出版元:株式会社新人物往来社
・ 現地案内板-小浜市教育委員会


若狭国分寺:ストリートビュー

若狭国分寺:社殿・境内・写真

若狭国分寺金堂跡に建てられている釈迦堂
[ 付近地図: 福井県小浜市 ]・[ 小浜市:歴史・観光・見所 ]
若狭国分寺南大門跡 若狭国分寺中門跡 若狭国分寺塔跡(桁行3間、梁間3間) 若狭国分寺塔跡に残されている塔心礎跡
若狭国分寺釈迦堂左斜め前方と石燈篭 若狭国分寺の境内に建立されている薬師堂 若狭国分寺境内に設けられている手水舎と手水鉢 若狭国分寺石柱山門と本堂


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