板取宿

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概要・歴史・観光・見所
板取宿(南越前町)概要: 天正3年(1575)に柴田勝家が北の庄城(福井県福井市)の城主となると織田信長の居城である安土城(滋賀県安土町)との交通網の確保が重要視され天正6年(1578)に北国街道(東近江路)が整備されました。板取宿は近江国(現在の滋賀県)と越前国(現在の福井県)の国境付近に位置し、板取宿の直前に栃ノ木峠からの経路(北国街道)と木ノ芽峠からの経路(近江西路)が合流し宿場内に入る構成で、さらに北国街道(東近江路)の越前国側最終の宿場あるいは玄関口でもあった事から宿馬30頭、人足60人が常備されました。江戸時代に入り人の往来が多くなると福井藩(藩庁:福井城)と彦根藩(藩庁:彦根城)との藩境でもあった為、福井藩は板取番所(木造平屋建、間口3間、奥行3間半、格式のある門付)を設け、役人3人、足軽1人を常駐、刀や弓矢、火縄銃を備えさせ厳重な人物改めや荷改め、税の取立てなどを行いました。

【 板取宿と栃ノ木峠 】-板取宿は交通の要衝で栃ノ木峠を控える宿場町として発展し江戸時代末期には戸数53戸、問屋3軒、旅籠7軒、茶屋3軒などが建ちならび一定の集落規模(人口300人前後)を一時していました(案内板には本陣、脇本陣が明記されていない事から宿場の実力者と思われる問屋が本陣の準じる格式を得ていたと思われます)。栃ノ木峠は天正6年(1578)に柴田勝家によって整備された峠で、「酌子峠」や「虎杖崩」の別称があり道幅は3間あったとされます。現在の福井県南条郡南越前町と滋賀県長浜市との県境に跨り標高538mの高さにあり、近江中河内宿と板取宿の間にあった事から茶屋が設けられ旅人の便宜を図っています。明治時代に入り近代交通網(国道8号線・北陸線敦賀駅〜森田駅)が整備されると次第に衰退し板取宿としての機能が失われ、昭和50年(1975)に事実上の廃村となっています(その後、移り住んだ家族もいるそうです)。栃ノ木峠の名称は「トチノキ」の群生地だった事に起因しているようで、中でも「栃の木峠のトチノ木」は推定樹齢500年の大木で福井県指定記念物に指定されています。

【 板取宿の古民家 】-板取宿にある建物は木造2階建、入母屋、茅葺、妻入、街道沿いの正面のみ屋根の妻面が大きく切り落とされ兜造りとし、2階への通風と採光を可能とする開口を設け玄関上部には庇を設けています(兜造りを採用した農家建築は養蚕業を営んでいた例が多い事からも、宿場の機能が失われた後に板取宿の住民も養蚕業を行っていたのかも知れません)。間口は概ね3間から3間半と小規模で外壁は真壁造り、土壁鏝押え、1階の腰壁は外壁を守る為に板張りとなっています。中でも旧増尾家住宅主屋(板取宿時代には旅籠)は江戸時代後期の文政6年(1823)に建築されたもので「造形の規範となっているもの」との登録基準を満たしている事から平成28年(2016)に国の登録有形文化財に登録されています。現在、板取宿に残されている古民家主屋は4棟のみですが、石畳や木戸、駐車場などが整備され当時の町並みの名残を感じさせてくれます。

【 北陸道 】-北陸道は律令制下で整備された官道で、北国街道とも呼ばれました。日本海側と政治的な中心だった奈良や京都を結ぶ主要街道で、特に敦賀湊は当時の国際港として大陸からの船や大使を受け入れていた為に重要視されました。戦国時代に入ると柴田勝家が居城である北之庄城(福井県福井市)と主家である織田信長の居城、安土城(滋賀県近江八幡市安土町)を結ぶ街道として再整備されました。江戸時代に入ると、北陸地方を領する藩の参勤交代の経路となり各宿場町には本陣や脇本陣が設けられ賑いました。

【 木ノ芽峠 】-木ノ芽峠(標高:628m)は古代の大和朝廷の勢力圏内と越国圏内を分ける境だったとされ天長7年(830)に上毛野陸奥公が官道である北陸道と共に鹿蒜嶮道(木ノ芽峠)が開削されました。山頂付近に設けられた前川茶屋は羽柴秀吉が木ノ芽峠を利用した際、釜を拝領して以来茶屋を経営に携わったという旧家で、現在でも茅葺の古民家が維持されています。又、古くから戦略的拠点だった事から周辺には木の芽城や鉢伏城が築かれていました。板取宿と木ノ芽峠は日本の秘境100選に選定されています。

板取宿:景観・町並み・古民家・写真

板取宿の苔生した石垣と石畳み
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入母屋兜造、妻入の板取宿町並み 高台から見下ろした板取宿の町並み 板取宿に見える薪積 石垣越に見える板取宿の古民家
郷愁が感じられる板取宿の景観 懐かしい風景が随所にみられる板取宿 板取宿の数少ない茅葺屋根 板取宿入口に設けられた木戸


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