福井市: 瑞源寺

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概要・歴史・観光・見所
瑞源寺(福井市)概要: 高照山瑞源寺は福井県福井市足羽5丁目に境内を構えている臨済宗妙心寺派の寺院です。瑞源寺の創建は奈良時代の天平2年(758)、泰澄大師(白山の開山僧)が開山したのが始まりと伝えられています。宝亀2年(771)には光仁天皇の勅願祈祷所になるなど寺運が隆盛しますがその後衰退します。延宝元年(1673)、吉江藩(福井藩の支藩)藩主松平吉品(当事は昌明)が再興、母親の菩提寺とし、法名「高照院」に因み高照山瑞源寺に寺号を改めています。延宝2年(1674)吉品(当事は昌親)が福井藩5代藩主となり福井城に入ると瑞源寺も随行し延宝3年(1675)に吉江(現鯖江市)から現在地である足羽山北麓に境内を移しています。寺領は当初50石でしたが正徳2年(1713)に吉品が死去し墓碑が建立されると、さらに50石が加増され合計100石が安堵され以後、歴代藩主から庇護されました。

現在の瑞源寺本堂はに天保2年(1831)14代藩主松平斉承が福井城本丸御殿の御小座敷として建てられもので万延元年(1860)本堂が再建される際に瑞源寺に移築されました。本堂は木造平屋建、入母屋、銅瓦葺、平入、桁行8.5間、梁間5.5間、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、内部は3室が一列に並び前面1間分は畳敷の廊下となっています。書院は斉承が正室浅姫(11代将軍徳川家斉の11女)の為、福井城の大奥御座之間として建てられたもので木造平屋建、切妻、平入、桁行4間、梁間3.5間、床の間や違い棚など格式が高く、天保2年(1831)に瑞源寺に移築されています。本堂と書院は福井城の建造物の遺構としては唯一の貴重な建物として平成12年(2000)に福井県指定文化財に指定されています。山門は切妻、桟瓦葺き、三間一戸、薬医門。又、瑞源寺境内の高台には探源院(吉品=昌親)と高照院の墓(笏谷石製)、富田鴎波(藩校明道館の教授)の墓、機業碑(福井県の絹織物業の発展に尽力した三宅丞四郎の記念碑)などが建立されています。山号:高照山。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:十一面観世音菩薩。

瑞源寺:写真

瑞源寺境内正面に設けられた山門と石造寺号標と石燈篭
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瑞源寺本堂正面と石燈篭 瑞源寺本堂の玄関屋根 瑞源寺境内に建立されている庫裏、土蔵 瑞源寺本堂に接続している書院
瑞源寺境内高台から見下ろす庭園と池 瑞源寺境内高台から見下ろした本堂と書院 瑞源寺境内に建立されている松平吉品墓碑 瑞源寺境内に建立されている高照院墓碑


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