千古の家(坪川家住宅)

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概要・歴史・観光・見所
千古の家(坪川家住宅・歴史)概要: 坪川家住宅(千古の家)は福井県坂井市丸岡町上竹田に位置している古民家です。坪川家は源頼政の後裔と伝わる土豪で坪川但馬丞貞純を祖として鎌倉時代後期頃から当地に土着し、帰農後も支配層として大きな影響力を持ちました。坪川貞純は源頼政の後裔というよりは頼政の一族の後裔だったようで、頼政が源氏でありながら平家方として保元・平治の乱に勝利した事で貞純も北面武士として院の警護などを担っていたようです。平家の台頭に疑問を持った頼政は以仁王(後白河天皇の第三皇子)と平家打倒を画策しますが、その計画は露呈した事で平家軍から追悼され宇治川の戦いで頼政は討死、貞純は豊原寺(福井県坂井市丸岡町豊原)を頼り豊原に逃れ、その後裔が当地に土着したと思われます。現在の坪川家住宅(千古の家)は江戸時代初期に建てられたもので、正面入母屋、背面寄棟、茅葺、妻入、重厚な外観に工法、間取り、ちょうなや槍鉋などで仕上げられるなど古法が随所に見られます。

坪川家住宅(千古の家)の内部は正面お略全面は「にわ」と呼ばれる土間で左側に「うまや」が配され、「にわ」の奥には「おえ」と呼ばれる囲炉裏付約30畳の板の間があり現在の居間のような使われ方をしていました。「おえ」の奥左側は「なかのま」と呼ばれる接客で利用した部屋があり畳敷き7帖半、その右隣は寝室で利用された「なんど」畳敷き10帖、「なかのま」の奥には「ぶつま」畳敷き7帖半、そのさらに奥には「仏壇の間」が配されています。坪川家住宅(千古の家)は福井県最古の上層農家建築の遺構として大変貴重な存在で昭和41年(1966)に国指定重要文化財に指定されています。又、坪川家住宅(千古の家)の背後にある庭園は元禄から宝永に掛けて作庭された小池泉廻遊式庭園で江戸時代初期の庭園の様式を残す貴重なものとして平成19年(2007)に国登録記念物に指定されています。

千古の家(主屋・庭園):写真

坪川家住宅(千古の家)
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