本光院(坂井市)概要: 宝照山本光院月窓寺の創建は慶長18年(1613)、本多成重が松平忠直(結城秀康の長男)の付家老として丸岡城4万石で配された際、本多家歴代の菩提寺として開いたのが始まりとされます。
寺号は藩祖で父親でもある本多重次の戒名「本誓院殿月窓浄運大居士」と成重の戒名「本光院殿鉄哉士庵大居士」に因み本光院月窓寺と名付けられています。
寛永元年(1624)以降は独立した大名として取り立てられ丸岡藩4万6千3百(後に分知した為、4万3千石)を立藩し本光院は藩主の菩提寺として広大な寺領を領し寺運も隆盛していました。
元禄8年(1695)、4代藩主本多重益は暗愚だった為、傀儡として利用した本多織部派と新たな藩主を擁立しようとした太田又八派との間に騒動が起こり幕府の制定により改易となり本光院は庇護者を失い衰微しました。さらに、新たに有馬家が丸岡藩の藩主になると、有馬家の菩提寺である白道寺が境内に移された為、それに伴い現在地に移され境内も縮小されました。
境内には徳川家康の家臣で始祖である本多重次をはじめ、初代藩主成重、2代藩主重能(戒名:常然院殿光厳在心大居士)、3代藩主重昭(重照院殿智光真海大居士)の墓碑が並び昭和49年(1974)に坂井市指定史跡に指定されています。宗派:浄土宗鎮西派。本尊:阿弥陀如来。
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本光院:上空画像
【 参考:文献等 】
・ 日本の城下町6北陸-出版元:ぎょうせい
・ 現地案内板
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