敦賀市: 永建寺

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概要・歴史・観光・見所
永建寺(敦賀市)概要: 永建寺は福井県敦賀市松島町に境内を構えている曹洞宗の寺院です。曹紹山永建寺の創建は応永2年(1395)に加賀出身の僧小室真宗によって開かれ、師である宝山宗珍(南北朝時代の曹洞宗の僧)を開山としたのが始まりとされます。領主である朝倉家から庇護され寺領が安堵されていましたが、天正元年(1573)に織田信長の越前侵攻により朝倉家が滅び、信長に従った武藤宗右衛門が敦賀郡代に命じられると寺領が没収され衰退しました。天正17年(1589)に大谷刑部少輔(吉継)が敦賀城の城主になると篤く帰依し慶長2年(1597)に現在地に境内を移し寺領を安堵し全3ヶ条の「禁制条々」を発布しています。江戸時代に入ると主に敦賀の民衆から信仰され多くの寺領が寄進され当地方の曹洞宗の中心的な寺院として発展しました。江戸時代末期の元治元年(1864)には敦賀に収容された天狗党(水戸脱藩浪士:尊皇攘夷派)を裁くために幕府から幕府軍総督として派遣された田沼意尊(田沼意次の曾孫、相良藩主、若年寄)の本陣として利用されています。

永建寺境内には本堂(寛保元年:1741年、入母屋、桟瓦葺、平入、桁行約20m、梁間約16.9m、真壁造、白漆喰仕上) 、僧堂(嘉永7年:1854年、木造平屋建、切妻、桟瓦葺、平入、桁行約16.1m、梁間約8.2m)、山門(天保元年:1830年、入母屋、桟瓦葺、三間一戸、八脚楼門)、総門(切妻、桟瓦葺、一間一戸、四脚門)、鐘楼(入母屋、桟瓦葺、袴腰付、下見板張り縦押縁押え)など古建築があり江戸時代の曹洞宗寺院の伽藍が残されています。釈迦三十二禅刹第22番。山号:曹紹山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

永建寺の文化財
・ 永建寺古文書(15通)−徳治3年〜天文10年−敦賀市指定文化財
・ 絹本著色十六羅漢図(額装)(15枚)−敦賀市指定文化財
・ 絹本著色仏涅槃図(1幅)−敦賀市指定文化財
・ 木造十八羅漢坐像(18躯)−江戸時代−敦賀市指定文化財
・ 獅子・人物文綴織壁掛(1枚)−敦賀市指定文化財

永建寺:写真

永建寺
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